交通事故の直後にはけがに気づかず、物損事故として処理された後に首や腰の痛みが出ると、「今から人身事故に切り替えられるのか」「手続きの期限を過ぎていないか」と不安になる方もいるでしょう。当初は物損事故として扱われていても、人身事故への切り替えを申し出ることは可能です。ただし、病院を受診するだけで警察の扱いが変わるわけではなく、診断書の提出などの手続きが必要になります。

本記事では、物損事故から人身事故へ切り替えるメリットや手順、期限の考え方、切り替えをした方がいいケースを解説します。受診や届出が遅れると、事故によるけがであることを確認しにくくなり、治療費や慰謝料の請求でも事故との関係を争われる原因になります。事故後に痛みや違和感がある場合は、軽い症状だからと放置せず、早めに受診することが大切です。

この記事の監修者

藤垣圭介

藤垣法律事務所
代表 藤垣 圭介

全国に支店を展開する弁護士法人で埼玉支部長を務めた後、2024年7月に独立開業。
これまでに刑事事件500件以上、交通事故案件1,000件以上に携わり、豊富な経験と実績を持つ。
トラブルに巻き込まれて不安を抱える方に対し、迅速かつ的確な対応で、安心と信頼を届けることを信条としている。

物損事故から人身事故への切り替えは可能

物損事故と人身事故の決定的な違い

一般に、車や建物などの物だけが損傷した事故を物損事故、人が死亡したり、けがをしたりした事故を人身事故といいます。ただし、けがをしていても、警察では物損事故として処理されている場合があります。例えば、病院で治療を受けていても、診断書を警察へ提出していなければ、物損事故の扱いが続いていることがあります。実際の被害と警察の処理区分は、分けて考える必要があります。

物損事故から人身事故への切り替えは、警察に事故によるけがを届け出て、人身事故として扱ってもらうための手続きです。当初は物損事故として処理されていても、医師の診断書を提出し、切り替えを申し出ることができます。警察は診断書の内容に加え、事故の状況や受診までの経緯などを確認します。病院を受診しただけでは、警察の処理区分が自動的に変わるわけではありません。

事故直後に物損事故処理されやすい理由

事故現場では痛みを感じておらず、帰宅後や翌日になって首や腰の痛みに気づく場合があります。現場でけがの申告がなく、車などの損傷だけが確認されれば、警察は物損事故として処理することがあります。また、痛みやけがに気づいていても、人身事故として届け出ていないケースもあります。軽いけがだから届け出る必要はないと考え、診断書を提出しないままになっている場合などです。

事故現場で「けがはない」と伝えた場合や、軽傷だと思って物損事故の扱いにした場合でも、後から人身事故への切り替えを申し出ることは可能です。当初の説明と違うからといって、痛みを我慢する必要はありません。症状がある場合は早めに受診し、警察には痛みが出た時期や受診の経緯を正確に伝えることが大切です。警察は、提出された診断書や説明を踏まえ、人身事故として扱うかどうかを判断します。

事故の規模が比較的小さい場合、警察から物損事故での届出を案内されたり勧められたりする場合も一定数見られます。

物損事故から人身事故へ切り替えるべきメリット

けがをした事実を警察の記録に残せる

人身事故へ切り替えると、けがを伴う事故として警察の記録に残ります。物損事故の扱いのままでは、実際に通院していても、交通事故証明書には物損事故として記載されます。切り替えによって、人身被害のある事故として届け出たことが証明書にも反映され、保険会社などへ提出する資料になります。

ただし、交通事故証明書は、けがの詳しい内容や治療の必要性まで証明する書類ではありません。例えば、事故後の通院がすべて必要だったか、症状が事故によるものかについて争いがある場合は、診断書や診療記録などによる確認が必要です。切り替えには人身被害を警察の記録に反映する意味がありますが、それだけで賠償請求の内容がすべて認められるわけではありません。

実況見分調書が事故状況を示す証拠になる

人身事故では、警察が事故現場の状況などを調べ、衝突地点や車両の位置関係などを実況見分調書に記録します。当事者の記憶や説明だけでなく、道路の形状や現場の痕跡も記録されるため、事故状況について双方の主張が食い違った際に、事実を判断するための証拠になります。例えば、衝突した場所や双方の進行方向が争われている場合には、調書の記載が主張を裏付ける材料になります。

もっとも、実況見分調書だけで過失割合が決まるわけではありません。過失割合は、調書や映像などから分かる事故状況をもとに、信号、道路の優先関係、双方の運転上の不注意などを踏まえて判断されます。また、調書は作成後すぐに自由に受け取れるものではなく、刑事手続きの進行状況などに応じて、入手できる時期や方法が異なります。

治療費や慰謝料などの請求を進めやすくなる

人身事故としての交通事故証明書を取得できれば、人身被害のある事故として保険金請求に必要な資料をそろえやすくなります。物損事故として記載された証明書で人身損害を請求する場合には、人身事故証明書を取得できない理由を説明する書類などを求められます。切り替えによって、その理由を別途説明する手間を減らし、診断書や治療費の明細、休業損害を証明する資料などと併せて請求を進められます。

ただし、物損事故のままでも、治療費や慰謝料などの請求は可能です。保険会社に人身事故証明書入手不能理由書などを提出し、事故によるけがや損害が認められれば、補償を受けられます。人身事故への切り替え自体で賠償額が増えるわけではなく、支払われる金額は、治療の必要性や通院期間、休業の実態、過失割合などによって決まります。

事故と怪我の因果関係に争いがなければ、物損事故の届出でも具体的な不利益が生じないケースも数多く見られます。切り替えの要否が不明な場合は、弁護士へのご相談も一案でしょう。

物損事故から人身事故への切り替え手順

医療機関を受診して診断書を取得する

事故後に痛みやしびれなどがある場合は、医療機関を受診し、警察へ提出する診断書を取得することが最初の手順です。医師には交通事故に遭ったことに加え、身体のどこに症状があるか、いつから症状が出たかを正確に伝える必要があります。事故直後には痛みがなく、翌日から首が痛くなった場合は、その経過も診察の際に伝えることが適切です。

診断書が必要なことを医療機関へ伝える際は、人身事故への切り替えのために警察へ提出する用途も説明するとよいでしょう。なお、整骨院や接骨院では、警察へ提出する医師の診断書は取得できません。すでに整骨院などへ通っている場合でも、切り替えのためには医療機関で医師の診察を受ける必要があります。

事故を扱った警察署へ連絡し、診断書を提出する

診断書を取得したら、事故を扱った警察署の交通事故担当へ、人身事故に切り替えたい旨を連絡するのが適切です。事故の日時や場所を伝え、診断書の提出方法、来署する日時、必要な持ち物を確認しておくと、手続きを進めやすくなります。警察署によって対応や必要な持ち物が異なるため、診断書だけを持って突然訪れるより、事前に担当者へ連絡する方が確実です。

警察へは診断書を提出し、症状が出た時期や受診までの経緯などを説明することになります。入院中などで警察署へ行けない場合は、来署が難しい事情を担当者へ伝え、提出方法を相談することが適切です。また、提出前に診断書のコピーを残しておけば、保険会社への説明や、その後の経緯の確認にも利用できます。

実況見分に対応し、切り替えを保険会社へ伝える

警察から実況見分への立ち会いや事情聴取を求められた場合は、担当者と日程を調整し、事故当時の状況を正確に説明する必要があります。衝突地点や車両の進行方向などについて、覚えていることと覚えていないことを区別し、分からない点を推測で答えないことが大切です。ドライブレコーダーの映像や事故直後の写真があれば、その存在を警察へ伝えることも有用です。

あわせて、事故対応をしている保険会社にも、人身事故への切り替えを申し出たことや、警察での手続き状況を伝えるのが適切です。治療費の対応についてまだ相談していない場合は、受診先や症状も伝え、必要な書類を確認しておくとよいでしょう。警察への届出と保険会社の支払い手続きは別なので、警察に診断書を提出しただけで治療費の支払いまで始まるわけではありません。

警察に対しては、事前に切り替え希望を連絡の上、対応してもらう日程の調整を行うことをお勧めします。

物損事故から人身事故への切り替え期限

物損事故から人身事故への切り替えには、「事故から何日以内」という法律上の一律の期限はありません。事故から1週間や10日が過ぎても、その日数だけを理由に切り替えができなくなるわけではありません。ただし、警察が事故によるけがを確認するためには、診断書や事故後の経緯を確認する必要があります。けがをした人は、症状が出たら早めに受診し、事故を扱った警察署へ切り替えを申し出ることが適切です。

受診や届出が遅れると、警察が事故とけがとの関係を確認しにくくなります。例えば、事故から長期間受診していなければ、事故直後の症状を示す診療記録がありません。その場合、警察は、いつから症状があったのか、事故後に別のけがをしていないかなどを本人に確認することになります。また、現場の痕跡や映像が失われれば、警察は衝突の状況を調べることも難しくなります。

警察が切り替えの可否を判断する際には、事故から届出までの日数に加え、初診日や診断内容、届出が遅れた理由も確認します。事故翌日に受診し、診断書の提出だけが遅れた場合には、診療記録によって事故直後の症状を示せます。一方、事故から1か月後に初めて受診した場合には、それ以前の症状を示す診療記録がないため、本人が症状の経過や受診しなかった理由を説明する必要があります。

すでに日数が経っていても、けがをした人が自分で「期限切れ」と判断する必要はありません。警察へ相談する際には、症状が出た日、初めて受診した日、届出が遅れた理由を正確に伝えることが適切です。なお、警察への切り替えの申出と、相手への損害賠償請求は別の手続きです。切り替えに一律の期限がなくても、損害賠償請求には消滅時効があるため、請求を無期限に先延ばしにすることはできません。

物損事故から人身事故への切り替えをした方がいいケース

事故直後にはなかった痛みやしびれが出た場合

事故現場ではけががないと思っていても、帰宅後や翌日になって首や腰の痛み、手足のしびれなどが出た場合は、受診後に人身事故への切り替えを申し出ることが適切です。事故現場で「けがはない」と伝えていても、後から症状が出たことを届け出る妨げにはなりません。医師には事故の日時や身体に受けた衝撃、症状が出た時期を伝え、警察にも事故直後から受診までの経緯を説明する必要があります。当初の申告に合わせて痛みを我慢するのではなく、診断結果を踏まえて警察へけがを届け出ることが大切です。

軽いけがだと思っていたものの治療が長引いている場合

数日で治ると思っていた痛みが続き、医師から継続的な治療が必要と説明された場合は、軽傷だと考えていた当初の判断を見直し、人身事故への切り替えを検討することが適切です。通院が続いているのに物損事故の扱いのままでは、警察の記録にけがをしたことが反映されません。診断書を提出する際には、初診日やその後の通院状況も警察へ伝えるとよいでしょう。ただし、治療費をどこまで負担するかは保険会社が診療内容などを確認して判断するため、切り替えによって長期間の治療費がすべて認められるわけではありません。

けがのため仕事や家事に支障が出ている場合

事故によるけがで欠勤や早退が必要になった場合や、従来どおり家事ができなくなった場合は、生活への支障も踏まえて、人身事故として警察へ届け出ることが望ましいといえます。例えば、腰の痛みで立ち仕事ができない、腕が上がらず洗濯物を干せないといった場合です。医師には、症状だけでなく、仕事や家事でできなくなった動作を具体的に伝えることが適切です。休業損害の請求では、けがのために仕事や家事ができなかったことを診療記録などで示す必要があり、人身事故への切り替えだけで休業日数や金額が認められるわけではありません。

後遺症が残るおそれがある場合

治療を続けても痛みやしびれ、関節の動かしにくさなどが残っている場合は、後遺障害の認定申請を見据え、人身事故として届け出ておくことが望ましいといえます。後遺障害の審査では、事故の状況や初診時の症状、検査結果、治療経過などが確認されます。将来、事故と症状との関係を説明できるよう、警察にはけがを届け出て、医師には続いている症状を正確に伝える必要があります。ただし、警察が人身事故として処理したことと、後遺障害等級の認定は別です。等級の認定には、診療記録や検査結果などによる裏付けが必要になります。

相手や保険会社が事故状況やけがとの関係を争っている場合

相手が「車は接触していない」と主張したり、保険会社が「この程度の衝突ではけがは生じない」として治療費の支払いを拒んだりしている場合は、事故の状況やけがの原因を証拠で示す必要があります。人身事故への切り替えを申し出れば、警察が診断書を確認し、事故状況を調べることになります。ただし、警察が相手や保険会社との賠償交渉を代わりに行うわけではありません。争いが続く場合は、映像や診療記録などを弁護士に確認してもらい、どの証拠で事故やけがを裏付けられるか、相手にどのような請求ができるかを相談することが適切です。

特に、事故の規模が小さく事故とけがとの因果関係に争いが生じている場合や、後遺障害等級の認定を目指す場合には、人身事故への切り替えが有益になりやすいです。

物損事故から人身事故への切り替えに関するよくある質問

人身事故への切り替えに相手の同意は必要ですか?

人身事故への切り替えを申し出るために、相手の同意は必要ありません。けがをした人が診断書を警察へ提出し、事故の状況や症状の経過を説明することで、警察が人身事故として扱うかを判断します。相手が切り替えに反対していても、その反対だけで届出ができなくなるわけではありません。相手に同意を求めるために受診や届出を遅らせず、事故を扱った警察署へ相談することが適切です。

人身事故への切り替えを警察に断られたらどうすればよいですか?

まずは、警察が切り替えに応じない理由を確認することが適切です。診断書が不足しているのか、受診が遅く事故との関係を確認できないのかによって、必要な対応は異なります。診断書や初診日、症状が出た時期などを正確に伝え、追加で提出できる資料があるかを担当者へ確認するとよいでしょう。それでも切り替えが難しい場合は、弁護士に経緯や資料を確認してもらい、警察への説明や賠償請求の進め方を相談できます。

物損事故のままでも治療費や慰謝料を請求できますか?

物損事故として処理されていても、事故によるけがについて治療費や慰謝料を請求できます。保険会社から人身事故証明書入手不能理由書などの提出を求められるため、担当者へ必要書類を確認することが適切です。ただし、書類を提出するだけで支払いが確定するわけではありません。保険会社は診断書や診療記録などを確認し、事故とけがとの関係や治療の必要性、損害額を判断します。

【まとめ】事故後に痛みが出たらすぐに受診し、早めに人身事故へ切り替えよう

物損事故として処理された後でも、事故によるけがが判明すれば、人身事故への切り替えを申し出ることができます。事故現場で「けがはない」と伝えていた場合も、後から症状が出たことを届け出る妨げにはなりません。首や腰の痛み、しびれなどがある場合は早めに医療機関を受診し、診断書を取得して、事故を扱った警察署へ相談することが適切です。

切り替えには法律上の一律の期限はありませんが、受診や届出の遅れは、事故とけがとの関係を確認しにくくする原因になります。また、警察への届出と保険会社への請求は別の手続きなので、受診先や症状、切り替えの状況を保険会社にも伝える必要があります。警察が切り替えに応じない場合や、相手・保険会社が治療費の支払いを争っている場合は、弁護士に診断書や事故の資料を確認してもらい、届出や賠償請求の対応を相談するとよいでしょう。

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